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世界で一番おいしかったビール
QUILMES CRISTAL
(アルゼンチン)90年01月07日 イグアス/アルゼンチン にて
89年12月から1月に掛けて16日間の南極旅行をした時、その帰りの1月7日、ブエノスアイレスで 自由時間が1日あった。ブエノスアイレスには私の妹が嫁いでおり、その旦那が私を世界最大のイグアス の滝に案内してくれるというので世話になることとした。
ブエノスアイレスから飛行機で約2時間の所にブラジルとアルゼンチンの国境の川にある。とてつもなく 大きな滝にはドロ水が爆音をたてて流れ落ちていた。私たちはアルゼンチン側から見物したが、丁度その 時は風下に当たり、大瀑布の水しぶきが嵐のように私たちに降りかかった。とても写真なんか写せる状況 ではなく、思案していると案内の車のドライバーが、風上のブラジル側に連れていってやる、と言うので 早速連れていってもらうこととした。滝の下流に長い国境をまたぐ橋があり、そのアルゼンチン側に国境 検問所があった。どうするのかと見ていると我々のドライバーは顔見知りの検問所のスタッフにそれぞれ 20ドルがはさんであるパスポートを見せ、ヤミ出国の許可を取るのである。国境検問所には沢山の係官 がいて厳重なチェックを行っており、車の中や荷物を調べていた。私たち3人は何とかそこを通過し橋を 渡ると今度はブラジル側の国境検問所がある。ここでも同じ手段で通過した。晴れて我々は滝の風上にた どり着くことが出来た。
私と妹の旦那は撮影に良い場所を探して1〜2枚写真を撮った頃であった。7〜8人の訳の分からない連 中が私たちの撮影している場所に来て同じように写真を撮り始めていた。その内の一人が私に訳の分から ない言葉で話しかけてきた。お札を腕を伸ばして空高く上げて私に見せながら、そのお札のすかしを見せ ようというのであった。私はその言葉に引かれて顔を上げてお札に見入っていると、そいつの目は私の胸 のポケットにある財布を覗き込んでいるではないか。これはおかしいと思い妹の旦那に、「この連中はお かしいぞ」と注意をし、連中から離れると彼らはさっと居なくなってしまった。
今の連中は絶対怪しいと話しながら撮影を続けて居たが、何かいやな予感がして私のカメラバックに手を 入れてみた。その瞬間に私は体中から血が引いていくような衝撃を受けた。 先程2カ所の国境検問所を不正に通過し、本来ブラジルにいてはならない私のパスポートホルダーごと彼 らは盗んで行ったのである。頭の中はパニックになり、雑踏の中で連中を捜すとともに、ごみ箱や草木の 植え込み中まで辺り構わず探し回った。しかし先程の連中は見つからず、どんな連中であったかもだんだ んと記憶が薄れ解らなくなっていった。 警察はなかなか動いてくれなかったが、私の悲壮な訴えにやっと重い腰を上げてくれ、その周辺を通る車、 バスの検問を行った。私を前に立たせ「犯人を見たらハッキリとこいつだと言え」と警察は私の背後でピ ストルを構えて検問を行った。
検問や捜索は3〜4時間にも及んだが結局何も出てこなかった。途中から雨も降りだし、もうだめだとあ きらめの境地になったが、どうしてツアーグループが待つブエノスアイレス(アルゼンチン側)に戻るか を考えると不安になった。関門は2カ所有る。数時間前にパスポートにお金をはさんで通過した所をまた 戻らなければならないのだ。もう同じ手段は使えない為、私はどん底に突き落とされた心境で、もうしば らく日本に帰れないと感じた。
妹の旦那が最後の決断をした。車の座席をはがし始めたのである。私をはがした座席の下に詰め込み、そ の上に座席をかぶせて旦那が座ろうというのである。不安ながら私はとっても窮屈な思いで座席の下には いつくばった。数十分ではあったが気の遠くなるような長い時間を感じて何とか2カ所の国境検問所を突 破した。まるで天国にでも来たようなうれしさを感じた。私は本来居るべき国に戻れたのであった。夕方、 空港に着いたときには雨も上がり、真っ赤な夕日が地平線に沈もうとしていた。死にものぐるいで探し回 ったパスポートもあきらめた。
ブエノスアイレスに戻る飛行機を待つ間に一杯のビールを飲むこととした。どんなビールでもよかった。 やっとみんなの待つブエノスアイレスに帰ることが出来ると思うと、それまでの緊張は一気に取れた。雨 上がりの真っ赤な夕日を見ながら飲んだこのQUILMES CRISTALビールは涙が出て止まらない程おいしい 味であった。二度とこの味を味わうことの無いようにしたいと肝に銘じた。
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