昨年に続き2度目のホッキョクグマの赤ちゃんの撮影に出かけた。
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カナダの中央部の町ウィニペグ(Winnipeg)からチャーチル(Churchill)へは飛行機でおよそ3時間ほど真北に飛行する。
途中ツンドラの大雪原で町や農場などは全く見あたらない。所々に送電線や道路、曲がりくねった川などが見えるがそれ以外は辺り一面凍り付いた世界だ。
写真は飛行機の窓から見た凍結した川とツンドラの湿地帯 |
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2008年3月7日、チャーチルの空港に降り立つと外気温はマイナス32度ほどでかなり寒く感じたが、辺り一面に雪はほんの僅か積もっているだけであった。
元々この地域の冬は多くの雪は降らないのであるが、ここ数年は特に雪が少なく、私が訪れた一番寒い時期でも吹きだまりには多少雪はあるものの平地では地面が露出しているところが沢山見受けられる。
地球温暖化の影響がじわじわと目に見える形になってきているのであろうか。
写真上はチャーチルの町中 |
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ハドソン湾は完全に凍結していた。
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町中を歩いていたらWapsuk国立公園を管理している事務所の方が近づいてきて『この時期にチャーチルに来ているのはホッキョクグマの赤ちゃんを見に来たのだろう』と声をかけられた。
そうだと答えると今朝方町の近くでホッキョクグマの足跡が見つかったので見せてあげようと私を案内してくれた。
この時期にチャーチルの町付近では普通ホッキョクグマは見られることはないのだが珍しく町の周辺にクマが来ていることがわかった。
気候変動によりクマたちの行動に変化が出てきているのかもしれない。
写真左は雪の上に新しく出来たホッキョクグマの足跡 |
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その日の夕方はすばらしい夕焼けの空だった。夜にはオーロラも出たが荷物の関係で撮影出来なかった。
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ツンドラの大草原を走るカナダ鉄道。雪はほとんどない
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チャーチルではほぼ2日間の時間調整を行った。ここから先は鉄道での移動だ。今年のチャーチルーウィニペグ間の鉄道は運行時間がメチャメチャで、いつ列車が到着するかわからない状況であった。
私の乗り込む列車も、通常朝8時頃にはチャーチルに到着し、夕方8時過ぎにその列車が折り返してウィニペグに向かうのであるが、到着したのが夕方の4時過ぎで、およそ8時間も遅れて到着した。いつになったら出発出来るのかさっぱりわからず町中のホテルで時間つぶしをするしかなかった。
写真左はチャーチルの鉄道駅舎 |

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本来では夜の8時に出発する予定がその晩は夜中の1時半頃出発した。これでは途中下車するポイントにつく頃には朝になってしまう。現地では本当に出迎えが来ているかどうか不安になった。
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そこから約3時間の列車の旅は私だけが乗客として乗っているだけで少々心細い旅であった。
朝方4時半過ぎにツンドラの大雪原で列車は停車し私は降ろされた。
もし迎えの雪上車が来ていなければそこで凍え死んでしまうところだったが、迎えはちゃんと来ていてくれた。
撮影機材や防寒具の入った複数のトランクを降ろし、雪上車に乗り換え、またそこからおよそ30分間真っ暗な大雪原を移動した。目的のキャンプに到着したのは朝5時であった。
写真は私以外の乗客はいない列車の車内 |
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拠点のロッジは1994年に古い監視施設を改装して出来たものでロッジとは名ばかり。山小屋といった方が似合う。食料や水などすべてをチャーチルから運んで我々我の滞在を可能にしている。昨年来た時に水などは井戸を掘ればいいのではと思ったが、ここは永久凍土のツンドラ地帯であるため、いくら掘っても地下は氷で水は得られないと言うことがわかった。雪や氷を溶かして水にするには莫大なエネルギーが必要なため水の利用は料理や歯磨き程度でシャワーや洗顔などは滞在中できない。
この施設は一年のうちホッキョクグマの赤ちゃんが見られる2月下旬から3月中旬まで約3週間のみオープンする。滞在できる人は15人程だが、よほど運のいい人でないとここを訪れることは難しい。数年先まで報道機関やプロの写真家たちで予約は満杯なのだ。当然のことながらここの滞在費だけでも1日1000ドルを超えるため費用もかさむ。
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最初の日の朝はマイナス28度でごく普通の気温であった。マイナス40度以下になるとさすがに寒く雪上車もエンジンや機構部品が寒さで壊れ人身への危険性が出るので外へ出ることは出来なくなる。マイナス28度くらいで無風なら快適な気温といえる。 |
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私より先に来ていたアメリカの写真家 ダン コックス氏(Daniel J. Cox)と出会った。
彼はとても良くしゃべる人だが最初私とはあまり話もしなかった。日本人の私を見て彼が急に星野道夫君のことを話し始め、昔彼と一緒にアラスカで写真を撮って回っていたのだと話しかけてきた。また彼が日本に来たとき私の師匠でもある田中光常氏にあって良くしてもらったと話し始めた。私と田中光常師匠、そして星野道夫君との関係を話すと態度ががらりと変わり急に親しくしてきた。アメリカの有名写真家とこんな所で接点があったとは意外だった。 |
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ツンドラの雪の吹きだまりをホッキョクグマの足跡を求めて探し回る雪上車。
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ブリザードで行く手を阻まれホッキョクグマの足跡など完全に消える。
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例年だと辺り一面真っ白な銀世界であるが気候変動の影響からか、雪が少なくなってきている。今年は特に少なく、地面の草やコケ、灌木などが顔を出していた。昨年は全くこの様なことはなかったのだが・・・・。確実に地球温暖化の影が忍び寄っている。 クマの足跡が見つからないので遙か彼方を見つめながら移動しているクマを探すガイド。
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現地人のガイドでも寒さは同じ。スノーモービルに乗って朝から晩までホッキョクグマを探し回るモーリスさんの頬は凍傷にかかり髭は凍結していた。 |
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昨年はオープンの日から2週間訪問したが今回は後半の1週間が私の撮影期間である。初日は朝方5時に到着し荷物などを整理し撮影準備をするだけで仮眠すらできなかった。朝になり皆が起きて食事を始めると大半が昨年知り合った写真家たちで再会を喜び合った。
8時過ぎから大型バンを改造した雪上車3台に分乗し大雪原をホッキョクグマを求めて探し回った。360度見渡す限りの大雪原でホッキョクグマを探すのは至難の業だ。いくら探せど我々の前にホッキョクグマはなかなか姿を現してくれなかった。到着してから4日間。熊の足跡すら見つからず少々焦りが出てきた。
現地の状況にいくらなれているとは言え360度の大雪原では方向を失ってしまう。
車にはGPSナビゲーションや衛星電話、無線機など非常用機器の装備されている。
写真下は雪がなく湖の氷が露出し足跡が全く見つからないため探しようがなくスノーモービルからの連絡を待っているところ。
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夏場は多くの湖沼となるこの地も冬場には結氷しその上に雪が降る。しかしさらさらの雪はひとたび風が吹き始めると氷の上に降り積もった雪はみな吹き飛ばされ鏡のように平らに輝く氷が表面に現れる。表面はつるつるだが雪や水分が無いのでほとんど滑らない。
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大型バンのタイヤを外し雪上用の特殊なキャタピラをつけるとどこでも走ることが出来る。 |
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大型バンの雪上車には最大で10名ほど乗れるがここに来ている写真家たちは沢山の機材を持ってきているので1台に5名ほどしか乗れない。 |
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3〜4台のスノーモービルで広範囲をホッキョクグマを求めて探し回るが今年は雪が少なく足跡も見つからないので発見するのも至難の業だ。
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クマを探し始めて4日目、やっとホッキョクグマの親子が発見された。彼らに警戒心を与えないことと我々の安全のため撮影する場所は親子グマから100mの距離を置き、万が一のためガイドが銃を持ち警戒する中で撮影が行われる。
遠くのホッキョクグマたちは我々に警戒することなく親子でぐっすりと寝ていた。
クマと撮影ポイントの距離は約100m
600mmレンズに2倍のエックステンダーを付けて、やっとこれくらいの大きさで撮影出来る。カメラの倍率もあるのでおよそ1500mmレンズ相当 |


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子供たちはおよそ授乳後1時間ほど寝るとまた目を覚まし子供同士が遊び回るが母親はその間穂とんと寝ている。 |
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無邪気に遊び回る子グマは人間の子供と一緒だ。この地球上でこの光景がいつまで見ることが出来るのだろうか。
ホッキョクグマの生活環境が変わるということは人間の生活環境も変わること。
太古の昔から受け継がれてきた環境を我々の世代で壊してはならない。
このかけがえのない地球を永遠に守っていくために私たちはどうしていくべきなのか考え、行動に移していく必要がある。
すばらしい天使たちのために。 |


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ちょっと高く上りすぎたかな。こんな時でもお母さんは全く知らんぷり。
子グマは遊びの中から生きていくすべを学習する。 |


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遊び疲れた子グマはお母さんの胸で眠る。 |
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なんといってもお母さんはすべて |


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雪を掘って座りやすい穴を作りお母さんは子供たちにおっぱいを与えていた。母親はおよそ半年前から何も食べていないため子供の成長とともに母熊の体は細くなっていく。 |


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優しいお母さん |
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数時間我々の前でくつろいでいたが、母親がすっと立ち上がり移動を始めたかと思うとすぐに走って逃げ始めた。子供たちはお母さんグマに追いつこうと一生懸命に走っていた。
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つい先ほどまでホッキョクグマの母親がくぼみを作り、おっぱいを与えていた所に私も入ってみたが意外と小さかった。
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クマも寝たきりとなり撮影の出来ない間はカメラは置き去りになる。並ぶのはいずれも日本製のカメラ
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マイナス30度ほどの気温で長時間撮影中にカメラはかなり冷えるがプロ用のカメラは全く問題なく動く。
自分の息でカメラ背面は霜で凍り付き真っ白くなる。それなりの対策をしてもファインダーが見えなくなるのが問題である。 |
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アメリカ人で友人のロバートの覆面マスクも真っ白に凍っていた。 |
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チャーチルから先の飛行機が変更出来ないため最後の日は撮影を早めに切り上げて帰路についた。本来なら明日の朝方来る予定の列車に乗るはずなのだが列車の運行時間が確定出来ずいつになるか分からないためだ。
どのようにして早めに帰るのかと思ったら1週間前に私が列車から降り立ったところにつれられてきた。ここでトラックを待つというのである。
トラック??? 半信半疑で待つことにした。
あたりには複数の巨大なオオカミの足跡があり注意をして待った。 |
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待つこと1時間。すると線路のはるか向こうからなにやらこちらに向かって来るではないか。近づくとトラックが線路の上を走って私たちの所に向かってきている。
近くでよく見ると4つの補助輪を付け車のタイヤはそのままレールに乗って駆動していた。この補助輪は後で外し一般の道を走るのだという。 |
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トラックの荷台に私の荷物を積み込む。カバーなど全くないのでトランクや機材がかなり冷えることが予想されたが仕方ない。 |
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車の車内から見た写真。まるで電車の先頭車両に乗っているようだがハンドルがあるのがおもしろい。線路上走行中はハンドルがロックされている。 |
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線路上走行中に夕焼けとなった。ツンドラの灌木林に沈む夕日がきれいであった。途中数頭のオオカミが車を見て走り去った。
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思ったより早くチャーチルの町にたどり着くことが出来た。最後の晩はここで一泊する。ロビーに大きなホッキョクグマの剥製があった。 |